はじめの一歩

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それから、これといって話すこともなかったので、美愛は大学入試のことに触れてみた。 「高沢くんは、前期で決まりそう?」 「全くダメだったなぁ…ホント参ったよ、多分後期までかかるだろうな。それまでは恋もお預けってわけだ。」こう言って優介は笑った。その笑顔は、今までとは違った、寂しそうな笑顔だった。 「お預け、か…」美愛は複雑な気分になった。 「うん?」優介が尋ねる。 「え?あ、いや、なんでもないよ。ちゃんと自分をそうやって抑えるなんて、偉いなぁと思って。」美愛は何とか取り繕ってみたものの、浮かべた笑顔には無理矢理さが残った。それでも、優介は気付かないらしい。 「まぁ、そんなもんじゃない?美愛はどうだったんだよ、前期。」 「私も後期行きだなぁ。高沢くん見習って、私もお預けにします。」美愛は笑ってそう宣言してしまった。三年間想い続けて、この日なら一番想いを伝えられると思っていた。なのに、結局何も言えなかった。それから何を話したんだろうか。美愛は覚えていない。それくらい、笑いながら宣言してしまった自分を悔いていた。次に覚えているのは、電車から降りて、改札を抜けて、優介が口にした「じゃあ、また明日な。」の一言だった。 「うん、じゃあ…ね。」美愛が言えたのは、この一言だけだった。  一通り思い返すと、美愛は一つ溜息をついた。あれから五年が経つんだ、そう美愛は思った。この五年の間一歩も踏み出せないままの自分に気付くと、もうそれ以上何も思い出したくなくなったのだろう、美愛は布団をかぶって眠りについた。
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