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「あのね…」
「ん?」
「漣くんの足…どうしたの?」
「……。」
「入試の時は歩いていたのに、さっきの東山先生の話だと治らないみたいだったから…聞いちゃいけないのかもしれないけど。やっぱり気になって…」
秀人は思い出した。
入試の日、秀人と漣は教室が別れた。
試験後に漣を迎えに行った時には、漣は杖を突いて立ち上がり帰り支度を済ませていた。
後で漣から隣の席の男の子に親切にしてもらったと聞いた。
漣がその話をする時は楽しそうで、秀人まで幸せな気持ちになった。
漣と出会ってから一度も、楽しそうに誰かの話しをしたことなんてなかった。
秀人はその男の子に会ってみたいとずっと思っていた。
「漣くんの隣の席の男の子って、有栖川君だったんだね」
秀人は優しく微笑み、言葉を探しながら話し出した。
「漣くんね、だんだんと筋肉が固まって、関節も硬くなる病気なんだって。今はまだ杖と装具を使えば歩けるけど、転ぶと危ないだろ。漣くんは『まだ歩ける』って言って抵抗したたんだけど、学校と漣くんの家族が話し合って、車椅子に乗ることになったんだよ」
「そうなんだ…」
「漣くんね。もうすぐ歩けなくなるって教えてくれた時に、歩いていた時のことを覚えていたいって言ったんだ。だから有栖川君も漣くんが歩いていた時のことを覚えていてあげてね」
「うん。ずっと覚えとくよ。漣くんってシューちゃんより背が高かったよね。杖を突いて左足だけで歩いていた。杖の音が“コツン”って優しい音だった」
元気は優しく微笑む。
漣はその後、足に続いて両腕も動かなくなる。
漣本人ですら自分が歩いていた頃のことを忘れてしまいそうになるのだが、元気は忘れなかった。
決して忘れまいと、10年間、毎日思い出すようにしてきたのだ。
身体を弾ませるようにして歩く漣の姿は、元気の記憶に鮮明に留められるのであった。
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