渋谷に行こうね

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電車は空いている。 車椅子専用席の前の優先座席では、ルーズソックスの女子高生が漫画を読みながらお菓子を食べ、その隣にはサラリーマン風の男が足を組んで座っている。 男は嘗め回すように漣を見る。 漣はこのような視線には慣れているが、気分の良いものではない。 漣を囲むようにして4人は立っている。 「席空いてるよ。みんな座らないの?」 「大丈夫だよ」 慧が優しく微笑む。 「俺ここにいなきゃダメ?あっち行ってみんなと一緒に座りたいんだけど」 漣が指差したシートには誰も座っていない。 「そうだね。誰も座ってないし、あっち行こうね」 慧と拓真が一人分の席を空けて座った。 「漣くんココおいでよ」 慧が拓真との間のシートをポンポンと叩く。 「うん」 慧が肩を貸し、拓真が腰を支えて漣を2人の間に座らせた。 「ありがと。やっぱこっちのほうがいいよ。みんなは毎日電車に乗ってるんだよね。定期券って見せてもらってもいい?」 「いいよ」 慧は漣にパスケースを渡した。 「あいしゅちゃんがココに食券を入れてるのを見てカッコイイなぁって思ったんだ。俺も定期券ほしいなぁ」 「漣くんそれ分かる。俺も電車通学したいもん」 秀人にはジモティならではの主張があるようだ。 「贅沢だよ。満員電車ってサイアクだよ」 元気のような遠距離通学は最初こそ楽しいが、3日もすると愚痴が出てくる。 連日遅刻の言い訳ではないが、ラッシュ時はダイヤが乱れやすい。 都内の4月は電車の混雑が半端ない。 中学校に入学したての元気には、満員電車は一種の脅威なのだ。 「俺ね。一人で電車に乗ったことがないんだ。もう中学生なのに恥ずかしいよね」 漣がポツリと喋り始める。 「俺だって、一人で乗ることは少なかったよ」 「少ないって、ゼロじゃないでしょ」 隣に座る慧が漣の顔を覗き込んだ。 しょんぼりと俯き、自己嫌悪の極みにいる姿が痛々しく感じる。 慧は漣に何か温かい言葉を掛けてやりたかった。 「漣くん。50メートルの次は電車に乗る練習をしようね」 「またご褒美くれる?」 「うん。あげるよ」 「頑張る!」 漣の顔が綻んだ。 この時は、後にあんなことになろうとは誰も思わなかった。 漣と電車。 そして、5人とパン屋の兄弟が出会う雪の日へと物語は続く…。
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