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「ありがとうございました」
渋谷駅でも、降車介助をしてくれた駅員に丁寧にお礼を言った。
少し前までの漣なら、下を向いてボソボソとしか言えなかっただろう。
漣は中学に入学してから明るくなった。
秀人は確実に変わりゆく漣を微笑ましく見ている。
そして、漣を変えてくれた仲間達に感謝している。
「あれぇ!?エレベーターってドコだっけ?」
「あっちじゃなかった?」
地上に下りる階段の前で、通学組はキョロキョロと周囲を見回す。
「おいおいおいお~い!毎日通ってるんだろ。しっかりしてくれよ」
「ちがうよシューちゃん。俺たちいつも階段だから、エレベーターがドコなのか知らないんだよ」
「階段!?あいしゅちゃんが落っこちちゃった階段ってここの駅だよね?見たい!」
やっぱり漣はドSだと思った。
元気は苦笑しながらJRへ続く階段に漣を連れて行った。
一瞬、漣の身体が震える。
漣は何度か階段から落ちたことがある。
幸いにも高さがなかったので大事にはいたらなかったが、転げ落ちる恐怖は今でも覚えている。
「これを落ちたの?怪我しなかった?痛かったでしょ?」
「平気だよ」
「ピンピンして走ってきてたじゃないですか」
拓真はあの朝の元気を思い出した。
元気はかすり傷ひとつなく走りこんできたではないか。
「そうだ!シューちゃんこれ持って」
元気は秀人にカバンを預けると、漣の前に背中を向けて屈んだ。
「漣くん。おんぶしてあげるよ」
「ちょっとアリスちゃん。何言ってるの?無茶でしょ」
秀人が慌てて元気に駆け寄る。
「エレベーターを探すより、俺が背負って下りた方が早いじゃん」
「アリスちゃん。危ないよ。怪我したら大変だよ」
慧も眉をしかめる。
「おんぶしてほしい!」
元気の背中を前に漣のおねだりが始まった。
「漣くん。有栖川さんが転んだら漣くんも怪我しますよ」
「タクくん大丈夫だよ。あいしゅちゃんは落っこちないさ」
「だけどね、こんなに大勢の中でぶつけられでもしたら、アリスちゃんだって怪我しちゃうかもしれないよ」
「大丈夫だよ。あいしゅちゃんを信じてる。不死身なんだから」
確信に満ちた漣の瞳。
もはや何も聞き入れる余地は無いであろう。
「分かったよ。アリスちゃん、気を付けてよ」
秀人はの不安を感じながらも、元気に託すしかなかった。
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