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車椅子用のトイレはすぐに見つかった。
「一人で大丈夫か?」
「あーん。ちょっと不安。お兄ちゃんついてきて」
初めて外出先で利用するトイレに不安を覚える。
車椅子利用者にとってトイレは大きな難関だ。
場合によっては数日前から水分量を控えたりしなくてはいけない。
漣はまだ大変さをきちんと理解していない。
本当の意味でこの問題に直面するのはもう少し後のこと。
「お兄ちゃん。俺も買い物したいんだけどいい?」
「何買うんだ?」
「レターセットを買いたいんだけど、秀人くんと行ってきていい?」
「秀人くんも漣もこの辺は詳しくないだろ。桃が戻るまで待てよ」
「大丈夫だよ。秀人くん、行こう」
漣は車椅子を動かした。
「あ。ああ」
秀人はペコンと頭を下げて漣の後を追う。
「ちょっと漣くん。桃ちゃんと喧嘩したの?」
「桃…俺と歩くのがイヤなんだよ」
「漣くん…?」
「難しい年頃なんだよね」
漣は笑顔を作った。
笑顔の奥の寂しい瞳。
初めて会った時と同じ漣の瞳が、秀人の胸を掻き乱す。
「タクくんのお礼って何がいいと思う?」
拓真は物に執着するタイプではない。
何が欲しいのか見当もつかない。
「タクの欲しいものを、さりげなく聞いてあげるよ」
「助かるよ~!やっぱり秀人くんは頼りになるなぁ」
漣が自分の手から離れて行った寂しさを感じている。
無邪気な笑顔を見せないでよ。
漣くん…ズルいよ。
秀人は漣の笑顔に語りかけた。
その夜、漣は4人に対する感謝を手紙に書き綴った。
昼間に買ったグリップカバーをペンに巻き、不自由な指で一文字ずつ丁寧に気持ちを込めた。
溢れる感謝の心が、漣に幸福をもたらせる。
漣は自分のことが好きになり始めた。
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