秘密

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雨が降り出した。 桃は時計を見る。 約束より30分も早く着いてしまった。 日曜日の渋谷駅は待ち合わせの人々で溢れている。 大人達は真っ昼間から抱きついたりキスをしたりと自由だ。 見た目は大人っぽく見えても桃はまだ6年生。 刺激が強すぎる。 目のやり場に困った。 桃には一つ歳上の憧れの先輩がいる。 読書クラブのその先輩は大人びた感じだった。 落ち着いて無口。 集団よりも一人でいる事が多い。 小学生の桃から見ても窮屈そうな生き方をしているが、思慮深い利発な先輩だと思う。 先輩との出会いは1年の秋。 桃は読書感想文の課題を決めかね図書室で本を物色していた。 書架の上段に気になる本を見つけた。 桃は懸命に手を伸ばす。 もう少しで手が届きそうになった時、桃の頭上に伸びた腕がその本を掴んだ。 手の主は桃と同級生か一つ上くらいの男の子だった。 「これ?」 「はい。ありがとう」 桃は本を受け取った。 「本が落ちてきたら危ないよ。気をつけてね」 男の子は優しく微笑んだ。 -ドキッ 桃の胸がキュンと高鳴った。 その瞬間、名前も知らない先輩に恋をした。 それが桃の初恋だった。 たまに廊下で見かける憧れの先輩。 顔を見た日は幸せがやってくる。 桃の恋は小さな可愛い恋だった。 桃は憧れの先輩がいる読書クラブに入った。 実際に近くで接してみて、先輩は桃の中で膨らんだ理想よりも遥かにステキだった。 周りを寄せ付けない空気も、桃にはクールに見える。 どこをとっても良い風にしか見えないのだ。 読書クラブでキャンプファイヤーやピクニックに出掛けた。 テキパキと的確に指示を出す先輩の姿を、桃はずっと見ていた。 河辺に先輩の姿を見つけた桃はそっと隣に座った。 先輩は優しい笑みで桃を迎えてくれた。 桃は先輩に寄りかかり川の流れを眺めた。 ほのかな憧れは尊敬に変わり、そして恋へと形を変えていった。 桃は6年生になり、憧れの先輩は中学部に進学した。 幼稚園から大学までの一貫校だが小学部と中学部の校舎は別棟。 桃は思いきって中学部校舎に行ってみた。 その時初めて、先輩が他校の中学に進学したことを知った。  
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