秘密

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「漣。あなた、また転んだわね」 「左手がガクンとなったんだよ。足のせ いじゃないよ」 漣はふてくされて箸でご飯を突つく。 澪に言われるまでもなく、自分自身で感じていることなのだ。 「いつまでそんなこと言ってるの。いい 加減に車椅子に乗りなさい。危ないで しょ」 「まだ、歩けるよ…」 「来週お父さんが帰ってらっしゃるの よ。ワガママばかり言ってるとクラッチ を処分するわよ」 「え~!そんなことしたらホントに歩け なくなっちゃうでしょ」 漣は家では車椅子を使っていない。 足が動かなくなる最後の時まで歩いてい たいと思っている。 今、まさにその時を迎えようとしている が、なかなか自分からは決心できないの だ。 家の中では怪我をすることも少ないと 思っている。 ちらし寿司が箸の間からポロポロと零れ 落ちる。 「スプーン持ってこようか?」 「い・ら・な・い」 「頑固ね。誰に似たのかしら?」 「まだ歩けるし、右手も動く!」 上手く食べられない上に母と言い合いに なり面白くない。 口を尖らせるものの、いい返すだけの言葉が見つけられない。 桃はクスク スと笑い出した。 拓真によると、学校では「食べさせて」と甘えているら しい。 「なんだよ桃。なにが可笑しいんだ よ?」 「漣兄ちゃんは学校で、どうやって食べ てるのかなと思っただけ」 「そうね。漣、どうしているの?ポロポ ロ零したら恥ずかしいわよ」 「カレーだからスプーンだよ」 元気に食べさせてもらっているとは言わ ない。 小さな自尊心が最大級の見栄をはらせているのだ。 「毎日カレーで飽きないの?」 「トッピングを変えるから平気だよ。そ れに学校のお箸は持ちやすいから、家よ りも食べやすいんだよ」 苦し紛れの言い訳を並べる漣に対し、桃は笑いを堪えるのに必死だ。 拓真に聞いた話を暴露したいのだが、そ れは桃と拓真の秘密。 桃は秘密を共有することで、拓真に近づ けた気がした。
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