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「俺、くんぷー中学に行きたいんだけど…」
夕食時、元気は受験の意志を家族に告げた。
「くんぷー?。どこにあるんだ?」
父はちらっと元気を見たが、また箸を進める。
「えーっと。東京?」
「なんだそりゃ」
父は呆れ顔で元気を見た。
「珍しく真面目な顔をするから、何かと思ったのによ。もっとましなことを言いやがれ」
元気の両親は洋食屋を営んでいる。
父の進が作るビーフシチューは定評があり、小さな店だが常連も多く、昼時はいつも行列ができる地元の人気店である。
進は職人気質な男で、息子の教育には口を出さない主義だ。
男の子だから元気でのびのびと育ち、いずれは店を継いでくれればと考えている。
「おまえ。それって中学を受験するってことか?」
「うん。たぶん。そう。みたいな?」
「なんでさっきから疑問形ばっかりなんだよ!」
「あ…ん。俺もよくわからないの。彩ちゃんが行くって言うから…」
しどろもどろの元気。
元よりきちんとした動機が無い。
「彩ちゃんだと!?バカヤロー!!!」
「え…。」
進に怒鳴られ言葉を無くす。
父の顔色を窺うことすら出来ない。
「いいんじゃない?」
それまで黙って進と元気の様子を見ていた母の友里が口を開いた。
「勉強嫌いの元気が受験するって言ってるのよ。そりゃ、かなり勉強する覚悟なんでしょうね?」
友里にじっと見つめられて元気は身震いする。
(父ちゃんより母ちゃんのほうが怖い)
そう感じた元気は強気な返答をするしかない。
「当然だよ。勉強してやるさ」
思わず言葉にしてしまったこの一言が元気の人生を決定付ける事になる。
「ちょっ。何を勝手に決めてるんだ」
「いやだぁ。元気がお受験なんて、逆立ちしても受かりっこないわよ」
「そりゃそうだ」
進と友里は大声で笑う。
その後、薫風中学が進学校であることを知る元気と家族。
動機は単純だが、生まれて初めて勉強をする気になった一瞬の決意を逃さなかった友里により、元気は進学塾に放り込まれた。
周囲の状況から本格的に受験へ挑まねばならなくなった元気は、2年間必死に猛勉強を続けた。
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