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ぽかぽかとした陽気が心地良い日曜日の午後。
今日もリビングのソファーでお昼寝中の慧。
爪の間には乾燥した粘土が詰まっている。
時々、父の光はのんびりすぎる息子の将来が心配になる。
おっとりとした慧が、この先にある競争社会で無事に生き抜くことが出来るのだろうか?
長男としてクリニックを継いでもらいたいと思う。
いや、そもそも歯科医になれと言うのが親のエゴではないか。
慧の寝顔を見ながら、思案を巡らせる光であった。
「ふわぁ~ぃ。ん?父ちゃん?」
慧が目を覚ました。
「おはよう。慧」
「あ。おいら、寝てたんだね」
慧は体を起してソファーに座りなおした。
「慧。中学はこのまま教育大に行くのか?薫風中学を受験してみないか?」
光はまだ眠そうな慧に優しく話し掛けた。
「くんぷー?どーして?今の学校は高校まで行くんでしょ?また、受験するのは面倒だよ。ふわぁ~」
やはりまだ眠いのか、慧は大きく欠伸をした。
「お父さんは慧にクリニックを継いでもらいたいと思っているんだよ」
「そのために今の学校を受験したんだよね」
そう言って、ぷっくりとした唇を突き出す。
「慧は歯科大に入るのが、どれだけ大変なのか分かってないんだね」
「おいら、まだ6年生だよ。ねぇ。おいらが歯医者になるってのは決まりなの?」
今更だが、慧は長年抱えていた疑問を確かめてみた。
「それは…」
エゴかもしれないという気持ちと葛藤中の光は返事に窮する。
「いいよ。おいら受験してみるよ。落ちたらこのまま教育大に行けばいいんだもんね」
慧らしいと言えば慧らしい。
こうして慧は人生2度目のお受験に挑むことになった。
お受験といっても、慧の生活が変わるわけではない。
相変わらず、粘土をコネコネしては昼寝をしている毎日だ。
それでも父の期待には応えたい。
歯科医になると決めたのはこの頃だった。
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