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「お前よくこんな時間にこんな場所居られるな」
「……うっせ」
ついさっきまで自分がしていた様に隣で手を擦る肉親に、スパーダはぶっきらぼうに答えた。
と言う彼自身、頬杖を付いた外側の手に先程からひたすら吐息をかけている。白い息が見られぬ様、浅く吐いては浅く吸う。これを繰り返していた。
「第一なんでまた、こんなトコに居るんだ? まさかこの寒い季節に野宿してる訳じゃないだろ?」
あぐらをかいた足に両手を擦りつけ、咎める風でも煙たがる風でもなく、単純に不思議がるような口調で青年は言った。
「なんとなく、さ」
「なんだそりゃ」
「……兄貴の方こそ、なんでこんなトコに居んだよ? 確か遠征でガルポスあたりの海で仕事だったんじゃねーのか?」
そう言って隣に顔を向けると、自分が『兄』と呼ぶ青年は先程と同じ和やかな笑みを浮かべていた。
赤と黒を基調にした、動きやすそうではあるが「軽装」と呼ぶには罪悪感さえ湧いてきそうな荘厳な服装。
そんな整った服装でありながら、片足であぐらかき、もう一方の足を片腕の肘掛けにするくずれた座り方がなぜか様になっている事が、この時のスパーダには不思議でならなかった。
「さっき帰って来たんだよ」
「さっきって……海衛兵の船はこんな時間に入港しねーハズじゃねえか」
「夕方に着いて、今まで色々回ってたんだよね。……お前が行きたくない場所とかにな」
「…………」
笑いながらこっちを向く兄を前に、スパーダは顔を背けずにいられなかった。
四男の身でありながら、人当たりの良さと、なによりその卓越した剣の腕で、若齢でありながら仕官を果たした自分の兄。
しかしそんな肩書きが無かったとしても、血の繋がった家族の中で、唯一母親以外で自分と対等に接してくれるこの兄に、スパーダの持つ尊敬の念は変わらなかっただろう。
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