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「冗談」
「は?」
「冗談だよ、スパーダ」
剣に掛けていた左手をぶらつかせると、青年は小さく微笑んでみせた。
「『正しき道を正しく歩め』。俺は別にお前に何かを強要しにきた訳じゃない」
「…じゃあアンタは何しに」
まだ緊張感から抜け出せずにいるのか、スパーダは身動き一つとらずに居る。
「お前を見に………ってんじゃ信じてもらえないか?」
「…なんだそりゃ」
うつむいて、スパーダは聞こえるか聞こえないかの小さな声で答えた。
同時に、自分の身体に自由が戻った事に気が付き、そのまま両手を腰にあてがう。
「…お前はお前の道を正しく歩めばいい」
「…………」
「あっ! でもたまには手紙くらい出せよ? 母さんにも、俺にも……親父にもな」
「…ハッ、後者の二つは願い下げだね」
「お前なあ…。ま、とりあえず俺はもう行くわ。ここ寒ィし…」
「あっ! 兄貴コレ!」
再び背を向け歩きだそうとする兄を、スパーダはふと気が付いた様に呼び止めた。
「何よ…」
「これ、帽子。アンタのだろ?」
「あげる」
「は?」
「いやだからあげるって。制服着る様になってから中々かぶる機会がな……。第一、今日寒いだろ? せめてもの足しにしとけ」
「け、けどよ…」
「もらっとけもらっとけ。きっと後悔はしねーよ」
すぐにでも帰りたさそうに半身を向け、青年は言う。
「じゃ、またなスパーダ。あんま長く居るなよ? 風邪ひくから」
「あっ…兄貴!」
「?」
「また会えるよな…?」
「…手紙出せばな。じゃっ」
そう言い残すと青年は林道へ続く獣道に姿を消し、それきり姿を現す事はなかった。
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