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男は昨日の路地裏を看板のない店に向かって歩いている。
もっと他人の記憶が欲しくなったのだ。橙の灯りに導かれて店の戸を開けた。
「いらっしゃい」
若い店主が迎える。
「頼む、もっと他人の思い出を売ってくれないか」
「だいぶお気に召したようですね」
「ああ、こんなに良いものはない。そうだ、素敵な女性との思い出はないだろうか」
「うーん。あることはありますが、これはいわく付きですね。あまりお勧めはできませんが」
「構わない。私には思い出が必要なんだ」
「ではこのくらいで」
店主は料金を提示した。安くはないが、少々無理をすれば払えないことはない。男は財布から金を取り出した。
「ひとつだけ。返品はできませんので」
話も聞かず男は小瓶のフタをあけ、飲み干していた。
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