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腕の擦り傷は、本の山から転げ落ちた際にできたものだ、見える位置にできてしまったのが多少ショックではあるけれど、大したことではない。
「ふむ……いらないのか。 ならば私だけ飲ませてもらうぞ、インスタントコーヒーしかないのが残念ではあるが」
「え、えっと……あなたは、この事務所の……」
「所長だ」
「所長さん……ですか。 じゃあ、この大量の本はもしかして……」
「全て私のものだ。 私は本が好きでな、ついついため込んでしまうのだ。 源氏物語から涼宮ハルヒの憂鬱まで、なんでも読むぞ」
「は、はぁ……凄いですね……」
「褒めるな、照れる」
本の山に登る時にライトノベルらしきものをちらちら見かけたけれど……あれは見間違いじゃなかったのね……。
というか、ついついため込んだってレベルじゃないような気がするんだけど……。
私の問いに、短い言葉で淡々と答えながら、黒一色のスーツを纏ったその人は、本に埋もれた戸棚を無理矢理こじ開け、中からコーヒーカップを取り出した。
短髪、スーツ、革靴、なんとも礼儀正しい清潔感のある外見ではあるのだけれど、事務所内の惨状と外見がどうしても噛み合わない。
それに、十字架のペンダントをかけているのにも関わらず、右手首には数珠をつけていて、どの宗教に属している人なのかもいまいち分からない。
まぁ、世の中には色んな人がいるわけで、私の主観だけで色々と詮索してしまっては失礼にあたるかもしれない――それよりも私が今気になっているのは、本当に、私はこの人に頼ってもいいのかどうかということ。
この事務所の所長ということは、私を助け てくれるのはこの人だという事になるわけなのだけど――。
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