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どうやら、本の遥か下に埋まっているポットとインスタントコーヒーを取りに行こうとしているらしい。
所長さんの口ぶりからすれば、目的のものはちょっと手を伸ばせば届きそうな場所にあるという印象を受けるが、決してそうではない。
大きな戸棚の頭の方しか見えないくらいに本が積み重なっているのだから、この事務所の本来の床は、今私がいる位置の約2メートルほど下にあるわけで……床よりもむしろ天井の方が近いような状態なのに、その間を大きさ重量共に様々な本を掻き分けて進むのは至難の業だ。
下手したらまた本に埋まってしまう。
「ちょっと、止めてくださいよ、危な――」
「あったあった」
「……へ?」
「ん、どうした? やはり飲みたくなったか、コーヒー」
「い、いえ……別に……」
思わず、口を開けたまま固まってしまう。
所長さんは、私の心配とは裏腹に、ものの数秒でのっそりと元いた本の上へと這い上がってきた。
片手にはコーヒーカップとインスタントコーヒー、そして開いた腕には小型の湯沸かしポットを抱えている。
……これは、慣れ……?
この人にとって、大量の本の中に潜って目的のものだけを的確にもってくるなんて造作もないことなの、日常茶飯事だとでも言うの……?
笑えばいいのかな、こういうわけのわからない時は。
もしかして、本の山に逆さまの状態で埋もれていたのは、本の山の中に潜ろうとしている最中に本がなだれたから……?
駄目だ、頭が痛くなってきた……ますます不安になる。
私は、頼る相手を間違えようとしているのではないのだろうか――。
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