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「死にそうではあるが、そんな事よりも私は今、久しぶりの客人に心が躍っている」
心が躍っているようにはとてもじゃないが聞こえない抑揚の無い低い声で、その人は言う。
「客人には何か出さないとな。 どうだ、コーヒーはいらんか」
「この状態で何を言ってるんですか!」
「無料だぞ、おかわりも自由だぞ」
「そういう問題じゃないんです! と、とりあえず思いっきり引っ張り上げますよ! ちょっと痛いでしょうけど我慢してください……!」
ひたすらにコーヒーをすすめてくるその人を無視して、私は二本の足を抱くようにして抱え、体重を後ろにかけながら、全力で引っ張り上げた――。
「怪我は大丈夫か」
「擦り剥いた程度ですから大丈夫です……」
「そうか。 ならばコーヒーは――」
「いりませんって」
霊的現象相談事務所――その中で私は、外にいた時と同じように、やはり立ち尽くしている。
変わったのは、腕に一つの擦り傷ができてしまったということと、立っているのが地面ではなく本の上だということ。
数分前、本の山の上に二本の足が生えているのを発見した私は、どういうリアクションをとっていいのかもわからないままに、とにかく助けなければいけないという一心で、その人を本の山から引っこ抜いた。
後ろに体重を掛けながら、ありったけの力を振り絞った結果、埋まっていた本人の助力もあってか、何とかその人を引っ張り上げることには成功したのだけれど、引っ張り上げた勢いを殺せぬままに、私は本の山から転げ落ち、さらにはなだれてきた本に埋まってしまったのだ。
その後、私が助けた男の人に、今度は私自身が助けられ――気まずい状況のまま、今に至る。
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