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「遅れて申し訳ない!」
高級レストランにて、猪鹿夫妻と紅が座っている席に、ウーラは慌ててやって来る…振りをする。
「少々準備に手間取りまして」
「いやぁ、お気になさらず!学者さん同士の話し合いに奔走していると伺いましたからな、ご多忙な身で娘の為に時間を下さっただけ有り難い」
紅の父親はにこやかな笑顔でそう言った。
肝心の紅は、恥ずかしそうに俯いている。
「先日は失礼を…もう会って下さらないかと思いました。何せ僕は、女性より勉学が恋人だった根暗男ですから、紅さんと何をお話ししたら良いのか…お恥ずかしい」
猫被りには猫被り。
良く言うじゃないか。
目には目を、歯には歯を…って。
穏やかなムードで始まった食事会。
両親が居れば、紅は本性を現さないようだ。
小町が教えてくれた。
紅は後妻がとても苦手らしい。
今から6年前、父親は再婚したが、これには深い事情があった。
猪鹿家の体面を守っているのは、後妻の家柄らしい。
特別に綺麗だと云う訳でもなく、良く出来た女性だと小町は言っていた。
大手航空会社の令嬢だが、大学卒業後、看護婦として働いた経歴を持っていたのだ。
正しい事と間違った事を知る、猪鹿家で唯一まともな人。
それが後妻であった。
再婚後直ぐに妊娠し、5才になる長男を産んだ後妻の立場は紅を脅かしていた。
父親はやはり、我が儘放題の紅より純粋で可愛い年頃の弟を可愛いがっている。
だから見合いをさせて、紅を追い出そうとしているのではないかと、小町は語った。
ならば。
「紅さん…貴女ともう一度…あの島に行って、『バカンス』を楽しみたいんです。明日から一緒に…」
照れた様に、ウーラは言葉を濁した。
紅の顔色が変わる。
「あ…明日から…お友達と旅行に…」
「…そう…ですか…いや、お友達とのご予定があるなら仕方ないですよね!…残念…です…………小町さんに準備をして貰っていたのに…」
「…小町…が…?」
…これは釣れるな。
ウーラは心の中でほくそ笑んだ。
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