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日も暮れて、馬の世話を終えたウーラは、家に戻ると煮立った鍋を火から下ろし、テーブルの上に置いて、棚から皿を取り出した。
釜戸の中で焼いていたパンは少し焦げていて、ウーラは首を傾げて唸る。
「…何で小町みたいに上手く焼けないんだ…うーん…」
料理の腕は小町の方が絶対的に上である。
家事全般はやはり小町が居てくれると助かるのだが、今は一人。
以前も一人だった。
「…小町の居る生活に慣れ過ぎたな…」
ポツリと呟いた時、家の戸がゆっくり開く。
「…海…行って来たわよ…」
力を使い果たしたらしい紅が、ドカッと尻餅をついて座り込む。
バケツの中を覗いて、ウーラは思わず笑い転げた。
「お前…『貝』じゃなくと『貝殻』じゃないか!」
「…アンタが取って来いって言ったんじゃない!」
「普通、食べられる貝の事だろ?貝殻が食えると思ったのか?」
紅は言われて気付き、顔を真っ赤にして怒鳴る。
「こんな生活、もう耐えられないわ!!」
「じゃあ結婚を白紙にするんだな。契約書を俺に譲れば、お前とのお見合いは無かった事になる」
「い…嫌よ!そうなったら小町が犠牲になるじゃない!」
…あぁ!?
堪忍袋の緒が、プツンと切れた。
「…誰がお前みたいな餓鬼と結婚するかよ…小町が俺の犠牲?ふざけるな!小町はずっとお前のせいで辛い人生歩んで来たんだ!小町はお前に振り回された犠牲者だろうが!『物』みたいに扱いやがって…!」
「私が拾ったのよ!私がどうしようとアンタには関係無いわ!」
「…お前が仕組んだ事だろ!小町を本当の母親から遠ざけたのは、紛れもない…我が儘なお前のせいだ!」
息を荒げたウーラを、紅は見上げている。
唇を強く結び、目には涙を浮かべていた。
「…お前さぁ、本当は寂しかったんだろ?構って欲しかったんだろ?なぁ、金持ちって何だ?裕福って何だ?お前にとって『猪鹿』って家は何なんだよ?小町の自由を奪って、何でも言う事を聞く『人形』にして、それで満足か?金で何でも解決出来るってなら、小町は一体『幾ら』なんだ?解決出来るなら、小町の為に俺は幾らだって出す」
紅は黙ったまま、膝を抱えて泣いた。
静かに静かに、声を押し殺して…。
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