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機鋒が自分の五センチほど手前まで接近してくると、わたしは凝視していられなくなり、瞼をすぐさま下ろした。もう後二、三秒程であれが到達するだろうと思って構えていたのに、十秒くらい経っても何も起こらない。わたしは絶えず震え続け、自分に降り懸かる暗黒の結末を待った。
二十秒程が経っただろうという頃、額にちくりと痛みがあった。しかしそれはほんの一瞬のことで、想定していた激痛とは程遠いものだった。わたしはこの状況において、ある種の安堵すら覚えた。
その直後、得体の知れない『何か』がわたしの額から頭の中へと入り込んできた。それは液体はたまた気体とも取れる不思議な感じで、それでありながらしっくりとわたしの中で溶けた。まるで、しばらく遠くへと出掛けていた主が、久しぶりに我が家へと帰宅したかのようだった。
そしてわたしは、予期せぬ急変を迎えた。
「おめでとうさん。これでお前の罪は全て認められたな。お前の我が儘で夫や娘を放り投げたことも、徒輩たちをかさっかきにしたことも、何もかも全てがな! 自分の為にだったら、他人を平気で犠牲にするとは、なんとたちの悪い女だ! この淫婦め、恥を知れ!」
「そんな……。決してわたしは、そのようなつもりだった訳ではありません。周囲の野次馬たちが、己に飛び火が来ないのを良いことに、身勝手に騒ぎ立てているだけのことです! わたしは、家庭の為に尽力する主婦の鑑だったんです!」
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