烙印

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 あの頃に帰りたい……。  わたしがわたしで居続けるには、あの頃のような美貌を取り戻さなければいけないのだ。それが叶わないのならば、わたしは厭離穢土(えんりえど)として、さっさとこの世から離脱してしまって構わない。  とにかく何にしろ、ここから抜け出さなければならない。今、常闇に一縷の光が差した。これを希望の光と採らずに何と採る。希望の光を目睫(もくしょう)の間にして、無視する愚挙がどうしてできようか。  わたしは雫の落ちる道筋に甲を上にして手を割り込ませた。水玉がしわだらけな手の甲ではじけた。ガサガサの肌に一瞬突き刺さるような痛みを与え、そしてそれからはただ甲に冷たさと潤いが這った。この暗くて薄ら寒い空間にとても似合っていた。  でもわたしは、しばらく忘れていた生命力の漲りを実感したのだった。朽ちていくだけだと諦観していたわたしに喝を入れ、抗う勇気を与えてくれた。わたしはここから今すぐにでも脱出できるような気がした。  鉄格子の方を見た。こんなものなど、今のわたしならば、粘土を弄るようにぐにゃぐにゃに曲げられるかも知れない。もう一つ、懸念していた『あいつ』に至っては単なる肉の塊だ。ただ、喰ってしまえばいい。『あいつ』の血肉は容姿からして不味そうだけど、わたしが生き延びるには致し方ない。
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