烙印

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 わたしはもう一度、水の滴る場所へと向かった。もう一回、水を飲むことに挑戦するつもりだった。今度こそは上手くいく気がしていた。そうすれば、わたしの中の暗澹たる不安は除去され、娘や夫に胸を張って会える筈だ。  しかし、水滴のあった場所にはもう何も残っていなかった。頑張って仰視してみると、そこにはベッドから見慣れていた、パイプの絡み合う灰色の天井があるだけだった。一条の光は、単なる苦悶の柄に直っていた。 「愚か者め、せっかくの機会をまたむざむざと逃してしまったな」鉄格子の外にいつの間にか、茫々と髭を生やした『あいつ』が懐中電灯片手に立っていた。さっきまでいなかったのに、終始観覧していたかのように勝ち誇った顔をしている。 「煩い、またわたしに辱めを与えにやって来たな。地獄の鬼め」  ははは。腕を組みながら、『あいつ』は嘲笑した。「俺が地獄の鬼だと? お前は心底笑わせてくれるな。ここは地獄ではない。お前が勝手に、自分の手で地獄に塗り替えてしまっただけだ」 「煩い煩い」とわたしは嗄れた声で喚いた。 「これは、そうやって何もかもを拒絶しようとしてきたお前への報いだ。端から荏苒(じんぜん)をしっかりと受け入れ、夫や娘と一緒に悠然と生きていけば良かったのにな。この醜悪な末路を見て、まだ抵抗を試みようとするとは……。正直言おう、お前は惨めな存在だ」
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