下駄屋

3/3
前へ
/33ページ
次へ
「ん?じゃあ……」 プリントを渡そうとすると 「あぁー忘れてた。この後、自治会長がくるんだったー。忙しいやー。プリント渡せなーい」 「いや、後ででも……」 「今日まどかに会わないかもしれないしー、確実じゃないしー、だるいしー」 「いや、だるいって……」 「だるいしー」 「いや、だから……」 だんだんゆかりさんの声が強くなっていく。 「だ・る・い」 「いや、俺……」 「だるい!」 「帰って見たい番組が……」 「だるい」 顔がもう人のモノでない 「だりぃ」 拳は固く握ってある。 「俺……俺……」 「なぁに?」 まだ死にたくない! 「ゆかりさん。楠木には俺が届けとくよ」 満面の微笑みとビシッと立てた親指もつけて。 「あら、ごめんね。本当は私が渡せば手間かからないのにね」 こ、この人は…… 「いやいや、暇人なもんで」 「あらそうなの。まぁ、ついでに六年分の話でもしてきなさいよ」 「えっ」 「まどかも心配してたから」 「……」 「ほらほら、行った行った。縁側にいると思うから」 「……はい」 きっとゆかりさんなりの気遣いなんだろう。 だけど、今更何を話したらいいんだろう。 まどかはどんな顔するだろう。 まどかは変わってるのか。 俺はなんて言えるのか…… 期待とは裏腹に恐怖がある。 ただ話をするだけなのに。 でも逃げたくない。 俺は縁側に向かった。
/33ページ

最初のコメントを投稿しよう!

58人が本棚に入れています
本棚に追加