霧生古書堂

10/17
前へ
/362ページ
次へ
(……やっぱ引き返そ。) そう思って一度自転車をおり、無理矢理方向転換させる。 路地が狭いため、のったままで向きを変えるのは不可能だったのだ。 来た道をとりあえず引き返すべく、彼は再び自転車にまたがって……… 動きを止めた。 ほんとうに、このまま去っていいのか。 今を逃したら、二度とここへは来れない気がした。 しばし、考える。 残暑の強い陽の光りで温められた生暖かい風が、路地をすりぬけて彼の頬をなでた。 最近伸びっぱなしだった前髪が、鼻先をくすぐる。 そして彼は、路地脇に自転車を止めた。 せっかくだ。中を覗くくらいしたっていいだろう。 古びた外見と同様に、古びた入口の戸は半分開いていた。 細身の彼ならば、横向きに擦り抜ければ通れない幅ではないが、そんな必要もない。 彼は戸口に手をかけて、自分が通れるだけの通路を確保する。 たてつけが悪いのか、ガダガタと音を立てて、入口はしぶしぶながら道をひらく。 一歩足を踏み入れるその前から、埃っぽいニオイが鼻をくすぐった。
/362ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7555人が本棚に入れています
本棚に追加