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(……やっぱ引き返そ。)
そう思って一度自転車をおり、無理矢理方向転換させる。
路地が狭いため、のったままで向きを変えるのは不可能だったのだ。
来た道をとりあえず引き返すべく、彼は再び自転車にまたがって………
動きを止めた。
ほんとうに、このまま去っていいのか。
今を逃したら、二度とここへは来れない気がした。
しばし、考える。
残暑の強い陽の光りで温められた生暖かい風が、路地をすりぬけて彼の頬をなでた。
最近伸びっぱなしだった前髪が、鼻先をくすぐる。
そして彼は、路地脇に自転車を止めた。
せっかくだ。中を覗くくらいしたっていいだろう。
古びた外見と同様に、古びた入口の戸は半分開いていた。
細身の彼ならば、横向きに擦り抜ければ通れない幅ではないが、そんな必要もない。
彼は戸口に手をかけて、自分が通れるだけの通路を確保する。
たてつけが悪いのか、ガダガタと音を立てて、入口はしぶしぶながら道をひらく。
一歩足を踏み入れるその前から、埃っぽいニオイが鼻をくすぐった。
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