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「さあ、俺は知らないな」
死にかけの男と対峙する形で佇むもう一人の男は、真剣味に欠ける声音でそう返した。
自分の得物で、コツコツ。退屈そうに地面を突きながら。
「黒猫は幸福と不幸を運ぶだけで、その中身なんかには興味ないんだ」
そう言って男はニャオ、と気怠げに鳴いてみせる。
しかし死にかけの男は、そんな男の仕草などお構いなしに、いや――“まったく見えていないかのように”、虚ろな瞳を中空にさまよわせ吠えた。
「どこだ! どこにいる――“死神”! 私の命を奪うなら、その姿を見せろ!」
たとえ地べたに這いつくばるものだとしても、その姿にはまさしく貴い者としての気概があった。
コツコツ。地面を削る音。死に逝く男の姿を、ただ退屈に消化する音。
「どこにいるも、なにも」
音が止んだ。
「目の前に居るんだよ」
「あー……『こちら死神。任務遂行。異常なし』」
路地もまた、夜に塗り潰された静けさを保っている。そこには煉瓦の道を革靴が叩く音と、独白のような男の言葉しか聞こえてこない。
『はい、お疲れ様です』
と、彼の言葉に返事があった。しかしその場には彼一人しかおらず、その声はどこか薄っぺらく。簡単に言えば、この場から発せられているものではなかった。
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