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そんな奇異には慣れた様子で、男はただ呆れ混じりのため息をつく。
「あのですね、師匠。せっかく定型で報告してるんですから、定型で返してくださいよ」
その声には先程のような気怠さも、冷酷さも、機械のような無感情さもない。声変わりした、それでもまだ大人にはなりきれないソレ。
ころころ、鈴を転がすように相手は笑う。
『嫌ですよ、面倒くさい』
「あなたが考えたんでしょうが……」
言い返すも鈴の音にあっさりとかわされて、余計な疲労として男の肩にのし掛かった。
もういいです、と疲れた声で男が言うと、相手は宥めるように。
『まぁまぁ、とにかくお仕事お疲れ様でした。あとそれから』
『いってらっしゃい』
表情すら頭に浮かぶような、愉しげな声だった。
「……いってきます」
その会話を最後に、不思議な声は聞こえなくなった。
途端に冷ややかな空気が服の下に入り込み、男は小さく身震いしながら右耳を撫でる。その耳朶には、彼の目の色とよく似た紫水晶色のピアス。
地平線の向こう側、白んだ空が夜明けが近いことを知らせている。
男はその光から逃げるように、路地を去っていった。
第1章 死神と赤い百合
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