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†
気が付けば僕には何もなかった。
『自分』という存在を忘れてしまっていた。
事故に遭ったのだ。
その話が本当かどうかはわからない。
事故にあって記憶をなくした僕を拾ってくれた孤児院の院長が僕にそう教えてくれたのだ。
本当に……何もわからない。
名前、年齢、住所……。
全てが闇に葬られたように、頭からさっぱりと消え去った。
不思議と悲しいとは思わなかった。
親がいないというコンプレックスを幾らか感じたりもしたけど、預かってもらった先には同じ境遇の子どもたちが何人もいて──
彼らと同じ時間を過ごすうちに、そういった気持ちはなくなった。
そうして、安息の日々を過ごすうちに、どんどん人がいなくなって、いつの間にか僕は年長者になっていた。
みんなが僕に親しくしてくれるうちに、僕はみんなを家族のように感じ始めていた。
同時に院長先生のことも親のように感じている。
それはとてもいいことなのだと思った。
でも……そう思うことに、時々自信がなくなる。
なぜかは……わからない。
だけど一人でいる時ほど、その想いが顕著に心に表れる。
それでも、今でも忘れないのは、人は一人では生きていけないということだ。
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