陽の章 一『離れない影』

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静まりかえった廊下、カツンカツンと俺の足音だけが嫌に大きく響いていた。 そういえば今日はクリスマスイブ……、しかしこの日を心の底から喜べる人はこの世界に何人いるだろうか。 「戦場のクリスマスってか……いつから俺は詩人になったんだ…」 独り言が狭い廊下で反射して、返ってくる。俺は手に持っている紙の束に目を落とした。そこには“軍”の新兵用のマニュアルのコピーが印刷されていた。 印刷機が古かったのか、字はかすれ、安っぽく見えてしまう。 「ついこの前まではただの学生だったのになぁ……」 今じゃ、鉛弾を的に向かってぶっぱなすつ毎日……。これもすべて“天使”と呼ばれる異種族の侵略のせいだ。 運命の日はちょうど10日前。ここより少し離れた普通の町で事件は起こった。 その町から悲劇が始まった……。 気付けば爪が食い込むほど強く拳を握っていた。血の海と化した町を思い出したからだ。昔から人一倍正義感が強かった俺は、その時、現状の理不尽さに激怒した。 だから、俺は……天使の侵略に対抗するために国が作った“軍”に自ら志願した。もう、大切な仲間を傷つかせてはいけない。ただその思いだけが俺を突き動かしていた。 「朝霧(アサギリ)さん…?」 深く思考していたせいか、正面から来た同じ新兵の接近に話かけられるまで気付かなかった。 「よお、砌(ミギリ)」 数多くいる新兵の中ではかなり珍しい女の子の志願者、それが彼女、刹那 砌(セツナ ミギリ)だ。大和撫子を連想させるほどの長い黒髪が印象的な女の子。 背が高く、俺とさほど変わらない。 年は俺より1つ下だそうだ。 そうは見えない。 「消灯時間はとっくに過ぎていますよ。 どちらへ行かれるのですか?」 誰に対しても丁寧な言葉遣い。そのためか、友人が少なそうだ。 他の人と仲良く談笑している姿を見たことがない。 「いやね、ちょっと自主練を……」 「自主練…ですか……」 砌は疑いの目を向けている。 いや、嘘は言ってないぞ。 「な、なにかなぁ…、その目は……」 「……いえ、それなら私にお付き合いしていただけませんか?」 「……お付き合い?」 砌は手に持っていた細長い包みをこちらに渡してくる。 これが何か気にはなっていたのだが……。 「はっ!? まさかエロい棒じゃ……」 「竹刀ですがなにか?」 「ですよねー」  
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