霧の重さ

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「コウ…か?」 暗闇が語りかける。あたまで声紋照合が行われる前に声がでた。 「東郷…」 東郷智久は高校の同級だった。当時気まぐれに始めた山登り、少し本格的にやりたくなりワンダーフォーゲル部に入った。山に登る以外はトレーニング。非常階段を50キロの重りをいれたザックを背負っての往復。楽しいのか問われたら到底楽しいなどと言えない作業だがこの不毛な行いが山に行くと一番心強い相棒だった。そして非常階段で単純作業に埋没していたじぶんの意識を踊場からの声が現実に引き戻した。 「お前ら、それ楽しい?」 一瞬じぶんに向けられた声とはわからず二歩ほど進んだ。意識が遅れて踊場についた。 「んっ?」 東郷と目が合う。他に練習していたメンバーは関わりたくないのか聞こえなかったのか、じぶんと東郷を残して踊場をすり抜けていく。その顔はまるで無表情だ。 「顔みりゃわかるだろ?楽しい奴はあんな顔しないさ。見た目通り不毛だよ。ザックを背負って一歩目で後悔するだろうね。やってる俺が後悔中だよ。」 「後悔中?止めれば済むだろ?それに俺にはお前は満更でもないように見えたぜ。少なくとも死んだ目の他の奴らよりさ。」 「俺も同じさ。ザックを降ろすのも一苦労でね。降ろすのが面倒で練習に加わってるだけさ。」 「なぁ、予備のザックを貸してくれよ。あるだろ?」 そして結局、この日奴は部員と同じメニューをこなしワンゲル部に居着いてしまった。 今でも何故奴が声をかけてきたのかもわからないが、つかみ所がない東郷らしいとも言えた。 そんな遠い記憶がじぶんを12年前に引き戻す。
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