At stormy night

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 紅{べに}を引いた唇が、妖しい笑みを刻む。  「そんな偶像が具現化したような存在は、本人も気付かぬところで脅威を植え付けるものよ」  「それは───」  言い掛けて、工藤が口をつぐんでソファを立ち上がった。  アシュタルテは気にした風もない、きわめて無造作な眼差しを部屋の入口に向ける。  ややあって、廊下を歩いてくる足音が聞こえ、生真面目なノックが3回響いた。  アシュタルテが頷くのを確認してから、工藤は戸を開けた。  「どうした」  「工藤さん、ナンバーエイトが帰還しました」  いくらか発音に英語訛りのある大柄な青年が、切れ長の碧眼でアシュタルテを一瞥した。  「アシュタルテに直接、報告があるそうです」  アシュタルテは青年のそれよりも色濃い青い瞳を、無感動に工藤に向けた。工藤は既に、指示を仰ぐように彼女の方を向いていた。  「いいわ。通して」  周囲を海で塞がれた孤島に、白い洋館が建っている。センスのよい裕福な家庭が所有する避暑用の別荘のようだ。  今は悪天候の中に佇んで、白塗りの外壁は、雨が滝のようになっている。  夜ということもあってか、カーテンは全て閉めきられていた。  その一室で、アシュタルテは1人の男と向き合う。彼女の対面のソファの男は、どこか侍のような張り詰めた雰囲気がある。
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