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「…まぁ、私が何を言った所で君が反省しないだろう事は分かっていたから、もう今日はここまでにするけど、後でちゃんと先生に謝るんだぞ? あんまり先生を困らせるものじゃない。何だったら私も一緒に謝ってあげるから」
「…お母さんかお前は」
「いいや、私は君の親友だ」
黒水はそう言うと、何かを思い出したかのように手をポンと叩き、今度は先程よりも幾分か明るい口調で言った。
「そう言えば今日は吹奏楽部に遊びに来たりするのか? こう言ってはなんだが、君の部活は正直そんなに忙しい部活ではないだろう? この間新しい譜面が届いたから、出来れば一番に君に聞いて欲しかったりするんだが、何か予定があったりするか?」
「いや、特に予定はないけど、しかしな黒水。僕なんか以上にお前の演奏を聞きたがる奴なんて吐いて捨てる程いるんだぞ? わざわざ僕に聞かせる必要は……」
「まあまあ」
黒水はそう言って僕の言葉を遮ると、僕の腕を掴んで強引に歩き出した。…方向的に、これはきっと音楽室に向かっているのだろう。こいつは案外と自分勝手だよな。
「そんな事言わずに、予定がないなら聞いていってくれても良いじゃないか。私は演奏を誰かに聞いて欲しいんじゃなくて、君に聞いて欲しいんだ。君は変に騒いだりしないからな。吹いていて落ち着くんだ」
「だったらお人形さんにでも吹いてればいいだろうが。きっと有り得ない位に落ち着くと思うぞ」
「分かってないな君は。人に聞いて貰うから意味があるんじゃないか。ていうか、だから私は君に聞いて欲しいんだよ。他の誰かなんてどうでもいいんだ。ね? いいだろう? 少しだけだ」
僕の腕を掴みながら、やや上目遣い気味にそう懇願してくる黒水。線の細い華奢な体躯を小さくして目をうるうるさせながら訴える彼女。
…何て言うか、反則的なまでに反則なそのお願いの仕方は、僕なんかではなくもっと有用な人間に使うべきだと思うのだが、まあとりあえず、
こんな頼み方をされて首を横に振る事など、僕のような意志の弱い童貞野郎には出来る筈もなかった。
いやまあ、黒水のフルートは正直ムカつく位に上手いと思うし、そんな彼女が聞いて欲しいと言うなら断る理由などないのだが、何か負けた気がした。
黒水 vs 僕
只今、全戦全敗中だ。
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