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「さて、青桐。私は少し準備をして来るから適当にくつろいで待っててくれ」
黒水はそう言うと、楽器が仕舞ってあるロッカーへと歩いて行った。
…そうか、演奏する前に楽器組み立てたりチューニングしたり、色々準備が必要なんだもんな。音楽って大変なんだな。いや、まぁ運動部にだって準備運動とかあるし、普通っちゃ普通なのか。
「ところで青桐先輩。黒水先輩に呼ばれて来たって事は、またフルート演奏を聞きに?」
手持ち無沙汰になってしまってどうしようかと悩んでいると、綾音がそんな事を尋ねて来た。どうやら黒水の支度が整うまでの間、この子が僕の相手をしてくれるようだ。
全く良い後輩だぜ。先輩感動。
「うん。何かこの間新しい譜面が手に入ったらしいじゃん? それでさ」
「あぁ、そういう事ですか。なる程なる程。黒水先輩はこの学校にある譜面は大体吹いて、しかも暗譜しちゃってますからね。新譜に対するトキメキ度が私達凡人部員のそれより遥かに大きいんですよね。
いやもう本当あの人は、『妖精の音雫』だか何だか知りませんけど尋常じゃないですよ。末恐ろしいです」
憧れと、崇拝と、若干の引きが混じった表情でそう語る綾音。…黒水はそんなに凄い奴だったのか。
いや、確かに上手いなぁとは思ってたけど、何がどれくらい上手いとか正直僕にはよく分からないし、
やっぱりあいつは自分の演奏を聞かせる相手を間違えてると思うんだけどなぁ。恐れ多すぎて泣けて来る。
「あ、あの、先輩?」
「…ん? 何?」
「いや、そのぅ、人に自分の演奏を聞いて貰うっていうのは結構良い練習になるんですよぉ…」
「…へぇ。そうなんだ。知らなかった」
「それで、ですね。私も誰かに聞いて欲しいなぁとか思うんですけど、何か部員の人には秘密でやりたいなぁ、みたいなあれがありまして…」
「ふんふん」
「その、もしよければ先輩に聞いて欲しいなぁ、なんて思ったり…したり……?」
やや上目遣い気味に首を軽く傾げながら言う綾音のその仕草はまさしく黒水のそれに等しい程の破壊力があったのだが……
「…だが断る」
僕は綾音の頼みをキレイにスッパリとはねのけたのだった。そういう仕草は黒水のでお腹一杯なんだよ。悪かったな綾音。
ていうか、頼むからこれ以上僕に重荷を背負わせないでくれ。
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