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足元を見ながらふらふらと歩いていると、突然彼女の目の前を一匹のネズミがかけていった。
「きゃっ」と、彼女は短く悲鳴をあげてよろめいた。
足を一歩後ろに引き、態勢を立て直そうとしたが、思っているよりも酔っていたようで膝から上に力が入らず、足がもつれた。
長さ5cm程の細いヒールが、コンクリートの隙間に引っかかり、体のバランスが後ろへくずれた。
まずい、尻餅をついちゃう…!
しかし、その感じるはずの衝撃がなく、視界はほとんどそのままだった。
背中に何か柔らかいものがある、きっとこれで倒れなくて済んだんだ、と背後に意識を集中させると、両肩に手が置かれているのに気付いた。
明らかに誰かに支えられていた。はっとして彼女はすぐに首を後ろに回した。
「す、すいませんっ」
と慌てて謝ったが、足がそれに追いついてくるわけもなく、上手く立てない。
酔っ払っていたら助けてくれた、ということにその酔いが少し冷めるくらい冷や汗をかいて、一生懸命お礼を言おうとすると、その後ろの誰かが耳元でしゃべった。
「お姉さん、大丈夫?」
男の声だった。少し掠れていて、ぞくぞくした。
途端に全身が痺れ出し、体が先程よりも重くなった、と感じた。
神経が敏感になっているのだろうか。
視界も聞こえてくる音も歪み、自分が立っているかもよくわからず、感覚に蓋をされたようだった。
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