溶ける

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それは不思議な光景だった。 目の前に大きな湖が広がり、足元の桟橋の下は細波が不規則に跳ねている。 それにしても……澄んでいる。 恐ろしいほどに水が澄んでいる。それなのに、湖の底は蠱惑的な翡翠の色をしている。 私は、何かの錯覚ではないかと幾度も目を擦った。だが、見れば見るほどその色は深みを増すようなのだ。 殆ど無意識のうちに膝をつき、私は憑かれたように指を水面に伸ばした。 水は温く指にまとわりつき、その輪郭を揺めかせる。しかし当たり前のことだが、何も変わりはしない。 手首まで沈める。 掌はいつもの通り、私の肌の色だ。 上半身を思い切り突き出し、肘まで、上腕まで沈めてみる。 水底に向いた指先は、桟橋の縁を掴んだ左手と同じ色だ。 水底のあの色は一体何処からくるのだろう、秘密はすぐ届くところにあるのだろうに。 もう少し深いところを探れば何かわかるのではないか。 もう少し深く……あと少しだけ…… ……長い眠りから覚めた私は、あの深い深い翡翠の色を憶えていることに感謝した。 そして同時に、あまりにも純粋にあの湖に溶けていった夢の中の自分をこれほどまでに羨ましく思っていることに、驚いていた。 2010/02/12
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