彼の名は

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「先生っ大変! 大変です」 「んあ? どーした?」 廊下を闊歩する俺の前に突如として血相を変えたみくが立ちはだかる。 「あ……! あたしが高二の時、担任だった糞デブが……」 「あ? あぁ……何?」 「き、キモいです!!」 ……うん。 「知ってる」 俺、奴とずっと一緒に働いてるし。 今年なんか同学年、隣のクラス、隣のデスクってオプションまでついてるし。 「つぅか、前からキモかったじゃん? 何を今更?」 みくは唇をわなわなと震わせ、うっすらと涙を浮かべていた。 「いや……ありえん。キモいのは前からだけど……ありえん」 すっかり敬語を使い忘れてるあたりに、狼狽が伺える。 「お……おい、ここで泣くな! 俺が泣かしたと思われる……!!」  「だって……だって……!」 今にも零れ落ちそうな涙を溜めて、俺の腕を握る。 「……とりあえず資料室行け。俺も後から行くから」 溜め息混じりに漏らすと、みくは「ありがとう。ごめんなさい」と言って、泣きながら立ち去った。 ……良かった。次、授業無くて。 あんな顔見せられたら、授業あっても生徒ほったらかしで追い掛けてしまうところだった。 「あ゛~!!!!」 急に大声を上げたもんだから、数人の生徒が一斉にこちらを見る。 ……だから一緒になんか働きたくなかったんだよ。 「女に惑わされるな。しっかりしろ萩原一弥」 不思議そうに俺を見つめる生徒達に目もくれず、呪文のようにそう呟きながら、やっぱり俺の足は美術資料室に向かっていた。  
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