先生、拉致される

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「……塚、本?」 男は俺の表情を伺いながら、ゆっくり頷く。 「……教え子?」 「マジで忘れてるし」 語感から苛立ちが伝わる。 でも、そんなの俺の知ったこっちゃない。 「違うの? 何者よ?」 「……俺、先生の事、好きだったんすよ?」 悪寒が走る。 やっぱり、そういう……? 「結構、仲も良かったって、勝手に思ってました。ついさっきまで」 記憶を辿る。この顔……。俺、“そういう”おともだち、いたっけか? 塚本と名乗る男は、酒に弱いのか、いつの間にか顔が真っ赤に染まっている。 「ヒドイですよ!! 先生! 俺、アンタみたいになりたくてここに来たのに!」 どうやら酔いが回ってきているらしい。 「あぁ、わかった。謝るよ。覚えてなくて悪かった。だから、あんまデカイ声出すなよ」 「アンタは教え子の心を踏みにじった!!」 塚本は更にデカイ声で叫ぶ。 「教え子だな。あぁ、塚本ね、久しぶ……」 「ちゃんと俺の話を聞いて下さい!」 誤魔化そうとしても無駄、ということらしい。 どうしてこんなに面倒臭い事態になったのか。 やっぱり今日は、なにがなんでも早く帰るべきだった。 「ちょっと! ちゃんと聞いてますか!?」 今更そんなことを嘆いても、もうどうにもなりそうにない。 「聞いてるよ。聞いてやるから、全部。全部、話せ」 溜め息と共に、言葉を吐き出す。 目の前の酔っぱらいは、ぐっと拳を握り、俺の顔を睨み付けた。  
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