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「さくらー」
少女は名を呼ばれて振り向く。
むせ返るような桜の花の香り。その花霞の中にあの人は居た。
良く知った顔の少年だった。こちらに向かって一生懸命に手を振っていた。
その様子に少女は顔を綻ばせた。
「菊兄様」
名を呼んで、手を振り返した。
駆け足で少年は、少女の側へと近寄る。
「…一緒に、帰っても良い?」
少年が息を少し切らしながら、少女に語りかける。
「ええ、もちろん」
少年の申し入れに、少女は快諾をした。
少年と少女は兄妹だった。それも双子の。
少年は如月菊、少女は如月桜という名であった。
性別が違うので二卵性のはずであるが、二人とも瓜二つでとても綺麗な容姿をしている。
更に菊と桜は同じくらいの身長で、華奢であった為、本当に見分けがつかない。
今日は互いに入学を迎えた高等学校の入学式があった。
それが終わり、その帰り道に偶然再会した。そして今に至る。
桜並木を二人で歩く。談笑しながら。
時折桜は、菊の横顔を盗み見ていた。
似た顔をしているのだが、どうしても桜には兄の方がとても儚げで綺麗だと思わずにはいられなかった。
(…きれい)
心の中で呟く。菊の存在はまるで、自分達の周りで咲き乱れる桜のように淡い。
花霞と同化して、今にも自分の目の前から消えてしまうのではと錯覚してしまうほどに危うい感じがした。
(兄さまは私と違って魂が綺麗なんだ。きっと、そう)
桜の思う通り菊は昔から誰にでも優しかった。文武両道で品行正方、誰からも好かれ慕われていた。
桜も人並みの優しさを供えてはいたが、兄のような慈悲深さはないと自覚していた。
あまりにも優しいので、影では仏様とかキリスト様とか聖徳太子とかいう変なあだ名が付いていた。
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