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私は小声で璃慧を促す。
「ここは人も多いし、良かったら場所を移さない?」
璃慧は私の言葉を聞き流して、そう彼らに提案をする。
彼女は迷惑そうなシュウに気付かないのか、それとも気付かぬ振りを装っているのか。
私の予想は前者だ。
璃慧が見も知らぬ初対面の相手に、このような振る舞いができるのは、自分から誘いを断られたことが一度もない、根拠のある自信からなのだろう。
「いいね。酒もちょうど切れたし、どこかで調達しよう」
佑貴が迷うことなく賛成したので、私の同意など関係なしに決定してしまう。
もちろんシュウも賛否の一切をくちにはしなかったが、ただ断る隙を与えられなかっただけなのだ。
彼らはここまで徒歩で来ていたので、目的地へは私の車だけで向かうことになった。
2ドアのスターレットに4人で乗るのは多少きびしいけれど、後部シートに璃慧と佑貴、助手席にはシュウを乗せて、私は菊水あたりの河川敷へ向けて発進させる。
フロントガラス越しに見える空は、空色のペンキの原液をぶちまけたようか濃い蒼で、雲は影も形も見当たらない。
「絶好の花見日和だね」
璃慧と佑貴のふたりは車内で何やら散々はしゃいで、隣りにいるシュウが相変わらずの愛想のなさを発揮している。
気まずさを紛らすために運転に集中していた私は、いつの間にか覚醒して既に眠気からは解放されていた。
ハンドルを握る手に陽光がジリジリくる。
これから正午にかけてまだ暖かくなりそうだ。
コンビニでビールや他にも沢山買い込んで河川敷に着くと、細い砂利道に車を停め、トランクから降ろした荷物を分担する。
いつもトランクに積んであるレジャーシートは、こんな機会に役立つのだ。
街の中心部へ抜ける裏道の突き当たりにあるそこは、大通り公園とは違い人の往来がまったくない貸し切り状態だ。
土手から見下ろす豊平川の水面は、太陽を反射してきらきらとと輝き、うねりながら流れる鱗状の光が銀色の龍の胴体に見える。
私たちは河原に降り、桜の絨毯を敷き詰めた上に、さっそく酒や食料を広げた。
初対面だからといって特にお互いを知り合う話題をするわけでもなく、こういう場合は大抵ノリで盛り上がったりできるものだが、今日は調子を狂わされている。
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