始まりの鐘が鳴る

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電源ボタンを押し携帯を元あったポケットに戻した彼は小さく舌打ちした。 小さくといっても今は夜だということで静かな空間に響く。 自分で行くと言っておきながら思わず舌打ちをしてしまった己に溜め息が出る。 仕事は早く終わらすことが好きだが、そのあとが面倒。 この仕事は己の望みもあってついたものであり、己の欲望も叶えることができる最高のものだが、その欲望を満たしたあとがとてつもなく嫌だ。 快感に満ち浸れている今、何故さらに動かなければならないのか。 客からもらえる報酬は捨てがたいが。 まぁとにかく早く終わらせるに越したことはない。 そう思った彼は隣の屋根に飛び移れば屋根の上を走り出す。 みんなが寝静まる中、彼のブーツ独特の音だけが闇の中に響いた。 一軒の屋根の上に着いた彼はふと笑む。 そして屋根の上からベランダへと降りればたった一つ明かりが灯る部屋の窓を軽く叩く。 すると慌ただしく動く音が聞こえカーテンが開けられれば家の主の顔が覗く。 彼の姿を確認し嬉しそうな笑みを浮かべ窓を開けたと思えばこの家の主である依頼者の男は、彼に飛び付く勢いでベランダへと出てきた。 「どうぞいらっしゃいました!報酬はこちらにありますので…」 興奮状態の男は語調を荒げ家に入るように勧める。 だが彼は家に入る気など少しもなく、家に入るどころか男から離れるように一歩下がり眉根を寄せる。 男の声が不愉快だと示しているようだ。 しかし男はそんな彼の些細な変化に気付くはずもなく彼の腕に手を伸ばす。 そして腕を掴んだ瞬間、男はぬるっとした感触に顔を歪めた。 疑問に思い己の手を見ると付いていたのは 赤赤赤赤赤赤赤赤赤 彼が二歩前に出れば光で彼の服は赤く光る。 この目の前にいる男は、己の言った通りあいつを殺したのだ。 そう再認識する。 自分で言っておきながら重さを今頃自覚したのか興奮し赤く染まっていた男の顔はどんどん青ざめていく。 男のことなど気にしていないのか彼はまた一歩前に出てこの状況を楽しんでいるかのように笑みを浮かべる。 そしてゆっくりと口を開き再び笑みを作りそのまま口を動かす。 「お金なんて、そんなものいりませんよ。欲しいのは快感だけ」 そう言う彼に男は顔を歪ませれば彼から離れるようにまた一歩下がる。 「だから、貴方の腕をください。片方でいいので」 顔の横で人差し指をたてそう言う彼に、男の恐怖が最終段階へと行き着く。
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