序章・冬の終わりに

2/6
44人が本棚に入れています
本棚に追加
/141ページ
拍手は止むこともなく、夏の雷雨のように激しい音でホールに響き渡る。人々は立ち上がり、惜しみ無くその称賛をステージの上に贈った。 ピアニスト、瀬名生はるか。彼女はその指先をそっと鍵盤から離すと、立ち上がり、満場のスタンディング・オベーションに微笑みで応えた。 ステージの袖に戻ると、いつもいるはずの母・康子と、ピアノの師であり恋人でもある高崎の姿がない。不審に思っていると、付き人であり妹弟子でもある新人の沢口陽子が、 「何かトラブルらしくって、お二人とも真っ青な顔して楽屋へ戻られました」 と周りのスタッフに聞こえないよう耳打ちしてきた。 (トラブル?) はるかは得体の知れない不安感に襲われながらも、 「わかったわ。とりあえずアンコールを弾いたら楽屋へ行ってみる」 と陽子に言い残し、再び歓喜の渦の中に戻って行った。
/141ページ

最初のコメントを投稿しよう!