恋路

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しかし、紫炎は知っていた。芽咲が本当は心から笑っていない事に。 いつも何処か周りに気を遣い遠慮していて、時々寂しげな目をする時がある。 毎日一緒にいるからこそ、時折見せる悲しげな表情に、紫炎は気付いていた。 (もしかして、今日だけじゃないのかも……) ふと、最近の芽咲の様子を振り返る。 前に、温室に散歩に行くと言い帰って来た芽咲の目が少し赤かったのを思い出す。その時紫炎は、目が赤くなっている事に気付き聞いたが、目にゴミが入ったと言われた。 (いつもここで泣いてたの…?誰にも見られないように、隠れて一人で泣いていたの…?) 紫炎は拳をキツく握り、静かに歩き出した。 「芽咲。」 名前を呼ばれ、体をビクッと震わせる。 「紫……炎……」 芽咲は驚き、慌てて涙を拭い顔を隠した。 紫炎は芽咲の前まで歩き、立ち止まる。 そして、そっと優しく芽咲を抱き締めた。 「…芽咲は一人じゃないよ…?僕がそばにいるから…。寂しくないようにずっとずっとそばにいるから。 だから、一人で泣かないで?」 優しく芽咲に言い聞かせた。 止めたはずの涙が、今度は堰を切ったように零れた。 「ふっ!うわぁぁぁん!!」 紫炎は何度も何度も囁き続けた。 それはまるで魔法の呪文のようで、芽咲の心に響いた。 「大丈夫だよ、僕がいるよ…。ずっとそばにいるからね。」 芽咲も紫炎の服をキツく握りしめ、離そうとはしなかった。 .
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