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小さい頃からずっと、頭の中で流れるメロディーがある。
どこか懐かしくて綺麗な…でもどこか寂しいような気もして。
だから例えば、そのメロディーが日常のふとした音で、不意に遠くの丘から呼び覚まされると、安らかで切ない気持ちになる。
それはきっと、生まれる前に聞いていた歌の旋律だろうか。
私は色々なことに疲れていた。
仕事、お金、人間関係、そして恋愛。
夜な夜な、もう終わりにしたい、という衝動にも駆られた。
ある日、私はその衝動に負けて、自殺を実行に移した。
そうして一命を取り留めた私は、白い病室の天井を眺めていた。
病室は寂しい。
ふと頭の中であのメロディーが流れだした。
私は目を閉じその音を拾い口ずさむ。
温かく、切なく、懐かしい気持ちが私の頬を伝って落ちた。
目蓋を開けるとそこには父が立っていた。
「二度とこんな事はするんじゃないぞ…」
父は涙を浮かべていた。
初めて見る父の涙だ。
「お前が今、口ずさんでいた歌はな、母さんがよく歌っていた歌だ。
お前がまだお腹の中にいた頃によく歌っていたんだ…」
母はいない。
難産の末、私を残して死んだのである。
「母さんまで泣かせるようなこと、するんじゃないぞ…」
退院した私は父から母の歌っていた曲を教えてもらった。
今、あのメロディーには歌が付いている。
負けそうになる度に口ずさむ。
いつかは私の子にも聞かせるのだ。
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