思い込み

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 高い空に鰯雲が浮かび、ゆっくりと流れて行く。  夏は湿気が多いので雲が出来やすく、低い所から縦に大きく作られる。秋は空気が乾燥し始めて風が強くなる。だから雲は高い所で横になびくのだと聞いたことがある。  きっと上空では強い風が吹いているのだろう。  旅館の駐車場で僕は妻と子供達が出て来るのを待っていた。  二本目の煙草に火をつけたところで救急車らしいサイレンが聞こえ、だんだんと音量をあげてこちらへ近づいて来る。そして、それは、この旅館の玄関先に止まったのだ。  緊急事態のようだが、野次馬で見に行くのも憚られたので、遠目に様子を見るしかなかった。  パトカーは来る気配がなさそうなので、喧嘩沙汰ではないようだ。 「お待たせ!」 「お待たせパパ!」  妻の口真似で娘が続けて同じことを言うのはいつものことである。息子はもぐもぐと何かを食べながら車へ乗り込んだ。 「あの救急車は何だろうね?」 「あ、あれはね。誰かが、大浴場を出たところで倒れたんですって」  妻の香苗がそう告げると 「倒れたんですって!」  娘は相変わらずの口真似だ。 「うん、わかったよ綾香。ありがと」
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