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賢秀が信長のもとに現れた時、彼は信長への臣従の証を持参していた。それは嫡男の鶴千代であった。賢秀は息子を人質として献上するというのである。信長はそれを受け入れ、蒲生家の臣従を許し、所領も安堵した。
さて、賢秀がこの時連れて来た鶴千代。これが信長をびっくりさせ、愉快にさせたというのである。
鶴千代は父の背後にずっとかしこまっていたのだが、信長が、
「こわっぱ、面を上げよ」
と言うと、なかなかきれいな所作で顔を上げたのだった。
その瞬間、信長は「あっ?」と思ったのだ。
重瞳。そう見えた。
「今にして思えば、傍らの灯火が瞳に映ったか、光線の加減でそんなふうに見えたのだろうよ」
信長は紹巴と藤吉郎にそう言って、にたり。
「だが、初対面のその時は、何故かその眼が重瞳に見えたのだ。それに、その顔に気品というか、何かを感じた」
まだ小童に過ぎないその顔に──。
「なるほど、帝舜でございますな」
藤吉郎が膝を打った。
重瞳の貴人といえば、誰でもぱっと思いつくのは、帝舜であろう。
「帝舜だと?」
「はっ。お屋形様は帝堯にあらせられますれば」
藤吉郎は紹巴を見て言った。
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