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紹巴は先日、突然、扇を二本持ってやって来ると、「二本(日本)手に入る今日(京)のよろこび」と下の句を詠んだ。信長はすかさず、「舞ひ遊ぶ千世万代の扇にて」と上の句を付けている。
紹巴は藤吉郎を油断ならないと思った。そして、何故か蒲生鶴千代の前途にこの藤吉郎が立ちふさがるように思えて、ひどく胸が騒いだのだ。
天下布武。天下は何れ信長のものになる。天下を治めれば、すなわち信長は帝堯と同じ立場に違いない。
「お屋形様には蒲生殿がたいそうお入り用のようですね。紹巴殿の言う通り、そこの若君が神童なら、まさしくお屋形様は帝堯になられるおつもりでしょう?」
藤吉郎の問いに、信長は唇の端をひねり上げた。
「なんで俺の心意を訊こうとするのだ?」
「いや、婿君になさるなら、愛想を振りまいておこうかと思いましてな」
藤吉郎は急に猿の真似をして見せた。
信長にとって近江は重要な場所であり、また蒲生家の日野城下では鉄砲を盛んに作っていて、日野はどうしても確保しておきたい。力ずくで奪ってもよいのだが──。百川帰海ともいう。
「帝舜か。俺としたことが。何かに憑かれておったか……あのこわっぱ。あの眼の輝き。悪戯者のとんだ奴の眼をしておる」
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