藤袴の縁

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 信長は藤吉郎のことなど、あとは無視して、鶴千代との初対面の折のことを、もう一度頭に思い浮かべた。  見た瞬間、重瞳に見え──信長があっと思った時、蠅が一匹迷い込んできた。その羽音と目障りな姿に苛々した。  鶴千代は信長の苛立ちをいち早く感知した。そして、少年の重瞳がきらりと動いて、蠅をとらえた。  少年は自分の方へ蠅が来るのを待ち、来ると、さっと一掴みに捕らえてしまった。それも、扇で叩き潰したのではなかった。少年の手そのもので、掴み取ったのである。しかも、懐紙を手に、その上から鮮やかに掴んだので、潰れた蠅の見苦しい姿は全く晒されず、鶴千代の懐紙の中に包まれた。  その時の目の動き、輝きは、尋常でなかった。天性の動態視力というものであろう。  たいした目だ。  神童──鶴千代を婿にという話。前向きに考えてみるべきか。信長はそう思った。
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