序章

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(もしや、冬姫さまか?)  冬姫とは、信長の愛娘だ。  藤吉郎は焦った。とはいえ、相手は子供。藤吉郎は努めて冷静に、人差し指を唇の上に押し当てた。唇は「しいっ!」と言う時の形を作る。  冬姫はただ藤吉郎を見上げているだけである。  藤吉郎はそっと木を下りはじめた。それでもなお、冬姫は不思議そうに見ている。  さすがに侍女が気付いて、 「姫さま、いかがなさいましたか?」 と問うた。  冬姫は何も言わなかったが、その視線を追った侍女が、藤吉郎を見つけた。 「曲者!」  彼女が叫ぶと、周囲の侍女達が一斉に鋏を振りかざして向かってきた。藤吉郎はあっという間に木から引きずりおろされ、捕まえられてしまう。 「姫さま、よくお気づきになりましたね」  侍女が感心する横で、何故この姫は上を見たのかと、藤吉郎は首を傾げる。侍女達に睨まれ、羽交い締めにされながら。  藤吉郎はそのままお市の前に突き出された。  藤吉郎のすぐ目の前に、この国一番の美女と言われるお市が座っている。近くで見れば見る程、信じがたいほど美しい。  しかし、お市は藤吉郎を見るなり、顔をしかめた。
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