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「まっ!これは木下秀吉殿!」
藤吉郎の顔に気付いた侍女の一人が声を上げた。
木下藤吉郎秀吉の顔と人柄はなかなか有名である。他の侍女達も噂の藤吉郎と知って、ぷっと吹き出した。
「捕らえてみたら、木下殿とは。いつも突飛なことをする人だけど、こんな所でいったい何をなさっていたのですか?」
「いやなに。美人が揃いも揃ってしかつめらしい顔をしておる故、和ませて差し上げようとだな」
話しながら、猿の真似をし、おどけて見せた。侍女達は手を打って笑った。
「曲者かと思いましたが、百姓上がりの木下殿でしたわ。お市さまも噂に聞いておられましょう?迷い入られたようです。ご心配には及びません」
早くも釈放しようという様子だ。しかし、お市は眉を吊り上げ、嫌悪を露わにしていた。
「百姓が、上に取り入らんと猿の真似か。気に入られるためなら、なりふり構わぬその根性が汚らしい」
お市の声は凛と張り詰めている。
藤吉郎は慌てて庭の土に五体を投げ出した。
しかし。成り上がるためなら、何だってできる。土下座しながら、腹の中で舌を出す。そうでなくて、どうして身を立てられよう。
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