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夏が逝った。
忙しなく愛を叫んでいた蝉は成就した恋を胸に土に還り、代わりにトンボが空を埋め尽くす。透き通るような青空はどこまでも高く、鱗雲が飾る端のほうを飛行機雲が真っすぐ横切ってゆく。先週に比べ、風はやや涼しくなったような気がした。もう間もなく衣替えの季節だ、そう感じるのは当然だろう。
十二時を過ぎて太陽が真上からコンクリートをあたため、そのぬくもりを求めるように横たわった。先程より広がった視界に空が広がる。
長袖のワイシャツを着てきたのは失敗だったかと思うが、腕を捲るとやや肌寒いような気もした。
この頃の季節は苦手だ。
着る服に迷うというのもあるし、体調管理に気を使わなくてはならない。
遠くグラウンドから聞こえる体育の授業に励んでいる声を耳にしながら、そういえば今はまだ授業中だったと思い出す。
自由性の高いこの高校は始業時に出席を取らない教諭も多く、例えひとり生徒がいないところでさして問題もなく授業は進んでゆく。
四時間目は、確か国語だった。携帯を取り出しディスプレイを確認すると、あと十分で昼休みになるところだった。
渡部秋弥が、こうして屋上で授業をサボるのは何も今日に始まったことではない。
夏はさすがに暑く、クーラーの効いている教室にいるほうが居心地がいいということで抜け出すことは少なかったが、あたたかくなり始める春先から初夏、そして現在のように涼み始める秋になると教室から消えることが多い。そして、壊れた南京錠で意味のない施錠をしている屋上で寝そべりながら雲が流れてゆくのをただ見つめる。
寮住まいをしているため、自分ひとりになれる時間が少なくこうした静寂を無意識に求めているのかもしれない。自分の部屋というものはあっても、食事、浴場、トイレと共同であり、また友人の多くが寮住まいでもあれば完全にひとりになれる時間は多くなかった。
あー……、甘いの、食べたいな。
自他共に認める極度の甘党である渡部は、甘味がガソリンであると言っても過言ではない。制服のポケットにはいつも飴を持ち、鞄のなかにはチョコレート。寮の部屋に戻れば多種多様の菓子を棚にしまっている。近県に住む両親からは、月に一度段ボール箱いっぱいの食料品が送られてくるが、ガスを使わず調理出来るインスタント食品の他に菓子が半分を占めていた。
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