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体が甘味を欲していることに気付き、スラックスのポケットを漁ってみるがそこには携帯とリップ、財布の感触しかなく、ワイシャツの胸ポケットにも何も入っていなかった。
腹筋の反動を付けて起き上がると、立ち上がって体についた埃を払い校内へ続く鉄製のドアへ足を向ける。
失敗した。こんな大事なときにお菓子を忘れるなんて!
がっくり肩を落としながらドアを開けた、その瞬間。
「うわっ!?」
「え」
ぐんっと引いたドアの向こうから突然人影が現れ、その人物が発した声にこちらまでびっくりしてしまう。
ドアを開けようとしていたのだろう、ノブに手をかけたままつんのめっていたのは、同じクラスの酒井大樹だった。
「さ、酒井くん? ごめん、大丈夫?」
「お、おぅ……、あーびっくりした」
胸を撫で下ろした酒井の片手で、秋の風に吹かれたコンビニの袋がガサガサと音を立てる。
これが、渡部秋弥と酒井大樹の始まりだった。
風がだいぶ冷たくなって、渡部はブレザーの下にカーディガンを着てこなかったことを後悔した。
そろそろ屋上で昼休みを過ごすのは無謀かもしれない。
中庭や遠く見える街路樹の葉が次第に色付いてゆく様は美しいと思う。こうして少しずつ変化してゆく季節に想いを馳せるのをひとは情緒などと呼ぶのだろう。
そんなことを思いながら、先程自販機で買ったホットココアを頬に当てた。じわりと染み渡ってくるぬくもりは冷えた頬には熱いと感じるほどで、それでも吹き荒ぶ冷たい風に肩を竦めれば離す気にはなれなかった。
フェンスに寄り掛かるとガシャガシャ音が鳴って、しかし渡部以外ひと気がない屋上では音も霧散して誰も気に留める者はいない。
流れてゆく雲のスピードが速い。上空は、かなり速い速度で風が流れているようだ。
流れてゆく雲を目で追っているうちに意識がすべてそちらへ行ってしまったらしく、頭の上に陰が出来てようやく自分が戻ってくる。
「わーたべ。お前またサボってたの?」
「……酒井くん。おはよ」
朝の挨拶をするにはだいぶ遅い時間だ。今は昼休みで、渡部は確かに授業を受けていたが先程の四時間目から屋上で時間を過ごし、酒井はといえばたった今登校してきたのだろう、手には鞄とコンビニの袋を持っていた。昼から登校してくるであろう酒井に頼んでいたお使いである。
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