序章 出会い

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 見回した、と言っても、さほど長身でもないキアノスが大股で歩けば十歩ほどで一周できる部屋だ。備品といっても、高がしれている。  木とも石ともつかぬ飾り気のない床と壁、丈夫なだけが取り柄の簡素な書台、同じく簡素な椅子、天井から下がっているランプ。それと、教官の部屋とつながっている先程の原始的な伝管。これで全部だ。  当然のことながら試験は個別に行われ、書物は持ち込み禁止である。ランプには、大きさの割に明るく白い火が揺らめいているが、書台には何も乗っていない。  せめて研究書の一冊でもあれば、と思ったのだが、ここは教室や研究室と違って暇つぶしになりそうなものは何もない。  キアノスは、扉に嵌った窓に顔を張りつけて外の様子を窺ったが、視界に入るのは廊下の向かい側にある同じような扉だけである。扉に耳をつけてもみたが、全ての音は遮断されていた。  それもそのはず。  ここは試験だけでなく、未熟な学院生たちの実技練習や指導、教官たちによる危険な実験などが行われる部屋だ。万が一のために外界と遮断しておくのは、部屋の「外」にいる者を守るためには当然の処置なのである。  つまり、何もすることがない。  普段なら厄介ごとには関わりたくない真面目青年キアノスではあるが、空っぽの部屋に足止めを食らった上、静寂と秩序が絶対のルールである学院内で爆発騒ぎとなれば話は別だ。 「要は部屋から出なけりゃいいんだろう? ……大体このままじゃ、騒ぎが収まったかどうかわかりゃしないし」  独り言で自分を納得させると、キアノスは学生用ローブの幅の広い七分袖を捲り上げ、分厚い扉のノブをそっと回した。
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