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噴水の水飛沫は止まり、快晴だったはずの空が今ではクリームを溶かしたように白んでいる。曇りというような白さではなく、ペンキで空の部分を塗りたくったような不自然過ぎる白だった。
僕の顔は自然に彼女の方に向き直る。マスターはどこへ行ったのだろう。そう言えばBGMも止んでいた。
彼女は液面から容器が覗いているモノクロの海をスプーンでクルリクルリと掻き回す。やがて海は灰色に成り下がり、容器もキレイに溶けていった。
「そう。何か日常がおかしいと思ったことはない? あまりに出来過ぎてるとか、何となく現実味がないだとか」
僕は何を話しているのか分からない。いや、耳には僕の声が聞こえるし、話の内容だって分かる。ただ、僕がしゃべっている感覚が無くて、誰かに口を動かされているような気がした。
こういうのが現実だっただろうか? いや違う気がする。でも不自然という感覚ではない。遠い遠い故郷に何十年ぶりかに戻ってきたような、甘ったるくて少し酸っぱいような感覚が僕を支配していた。
僕の前にあったはずのコーヒーがカップごとどこかへ消えていた。
「そんなことしょっちゅうよ」
彼女はコーヒーを飲もうともせず、ゆっくりと円を描くように動かすスプーンを見ているだけだった。銀色の食器はユラリユラリと弧を描き、カップに吸い込まれるように短くなっていく。指で摘んでいたスプーンは、最後にポチャンと音をたてて消えていった。
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